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昨年の文化協会主催の美術展に

2011年10月30日の文化祭美術展に出した絵です

KIHO(小1) 金魚 
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KIRYU(4才)ナンバー
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じじの絵 3番目の孫
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ばばの絵 お兄ちゃんたち
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# by rivierekaiga | 2012-02-27 14:16

ババの油絵は旅の思い出の写真の数枚を一枚の絵の中に散らすこと

ばばが展覧会用に描く油絵は旅行中に撮った数枚の写真を絵の中に散らして、空や海や風景で繋げる方法が、目下定まりつつ進行形です。この方法で絵を描くには自分で撮影した数枚を元にしますが、それを撮影した場所の位置関係など知りたくて、ネットサーフィンしています。Google Earthで場所を検索すると、自他推薦の優秀なカメラマンが撮影した様々な写真に出会えます。本当に嬉しいことです。
 今回はサンクトペテルブルグの思い出の写真を並べて、運河や美しい橋の欄干を描いています。北欧旅行してから、早3年経ちましたが、車窓から見たプラットホームに佇む人々や風景、徐行するバスの窓から見た美しい建物などが今も走馬灯の様に目の前をよぎります。
 その中に「血の上の大聖堂」の建物の横にある、ソフトクリームのような3本の美しい柱の間を繋ぐ、美しい金細工の衝立のような細工物があります。材料は何で出来ているのか?茶色の美しい色と細工物の花からみると、銅板細工なのか?、鉄の鍛冶技術で造られた手仕事なのか(この方法に確信があるのですが)?、鋳鉄製の鋳物なのか?私には判断できません。家のkさんがカメラを上向きに構えています。もう一枚は徐行するバスの中から、その美しい塀の前に佇む12、3才の美しい少女とお父さんのスナップです。私が少女にカメラを向けて、お父さんをみると、OKの合図をくれました。友好的で嬉しくなりました。その美しい少女はきっとそのお父さんの自慢の娘なのでしょう。特設の有料トイレの横でした。いずれも同じ柱と細工物のです。
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 私はその美しい柱の位置関係を知りたくて、大聖堂の全貌を撮った数枚の写真を見つけましたが、どうも聖堂の横に前後3本ずつ在るようにも見えます。
 一昨日の夜、凄い写真に出遭いました。
「100年前のロシアのカラー写真」です。ありました「美しい教会」というカラー写真です。
いや驚きました。大聖堂の一部とあのソフトクリームの3本柱です。驚きと溜息の連続です。
 3本柱と思っていたら、柱の間の美しいフェンスが3面もあるので、片側4本です。
そのフェンスの「金(かな)細工」の精巧さと複雑さは、私が撮った写真と比べるには余りにも違いすぎます。それは1枚物では無くて、2枚折の屏風の様に、たおやかな唐草文様が2面続いているのです。これは鉄製のように黒く、複雑かつ精巧な美しさです。鉄製ならば長い年月の間に、雨風にさらされて、原型を失うことも在り得ます。その結果現在のようにシンプルな形に作りなおされたのでしょうか。復元修復されたのなら、100年前の原型に復元されたと思われますが。唐草文様が1面のシンプルな物に成っています。或いは鋳物でできているのか?ともかく判断するには私には荷が重すぎます。他にもこの美しく黒い100年前の細工物があるように見える写真も見たような気もするので、両方が存在するのか、その有無をこの目で確かめたいものです。 「S.ペテルブルグへ再訪出来る日が来るように健康に留意して頑張るぞ!!」

美しい教会/100年前のロシア(1910年)
: 100年前のロシアを記録した ...
matome.naver.jp/odai/.../2128261239577492303 -
 無断掲載させて頂きました。
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 それにしても4本柱の前に立っている、電柱らしき電線を渡している柱の稚拙な造りに、微笑まずには居られません。100年前といえば、エジソンによって電球が発明されたのは何時だったのか、興味をそそられる電柱です。

今またgoogle Earth で素晴らしい素晴らしい写真を見つけました。
Roman Sobolenko さんの写真です
Church of the Resurrection. View from Mikhaylovsky Park.
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なんだかだんだん見えてきました。ミハイロフスキー公園からの眺めは、この大聖堂には正門があるのですね。こんなに美しい優美な<門塀>は初めて見るものです。左右の門柱の向こうに重なって、ソフトクリーム状の柱頭が見えています。そして門柱の左右に、あの美しい
私の心を捉えて離さない、100年前と同じ金細工のフェンスが僅かですが見えます。Google Earthさんありがとう。
 (以下昨夜の続きです)(2011.9.4)
 この写真の現在の「金細工のフェンス」を今朝よく見ると、やはりシンプルな一枚物のようです。最近修復されたようですが、今世紀の技術を以てしても、100年前の鍛冶技術は不可能なのでしょうか。この複雑な美術工芸品を手造り出来る技術者がいないのでしょうか?
 この「たおやかな幾重にも重なった貴婦人のローブ」を想わせるフェンスは、現在のシンプルなフェンスを縦にして2枚を2つ折りの屏風の様に、真ん中を膨らませて、柱と柱の間に設置してあるのです。唐草文様も複雑で混み合っています。
 「ああー」この原型を今私の手で描くのは不可能です。只々鑑賞して心の糧にします。今回「100年前のロシアのカラー写真」に出逢えた幸せを感謝します。
 (2011.9.5午前1;15)
今またじっくり見てみると、公園側から見える門は正門ではなくて、裏門になるのかも、何故ならば、門から見た大聖堂は左右対称の美しく整った姿の全貌です。川側の建物の大きな金色のドームが写っていません。このドームの一階が玄関口(?)で、川に沿って立つ建物の両側(前後)に玄関口(或いは通用口)があるのです。私達は車道がある向かって右側に玄関がある方に、バスを止め、降りて道を渡り、問題のフェンスの前で写真を撮った後、少し歩いて前に進み、美しい玄関も写しています。時間の関係で、大聖堂の中へは入れませんでした。
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 サンクトペテルブルグが世界に誇る<血の上の大聖堂>は「3つの美しい顔」を持ち、三方から訪れる人々を迎え入れているですね。大聖堂の内部も写真でしか見られませんが、やはり、その美しさは比類ない物のようです。かつて(2004年)に14日間シチリアを旅して、聖堂の内部の美しさ(モンモアーレの聖堂)に感嘆しましたが、外観がこんなにも素晴らしい大聖堂はロシアの宝物です。実際の所、この大聖堂に正面は有るのでしょうか?
 今一度、よく見ると、やはり公園側の門が正門らしく思えます。門前にチケット売り場の小屋があり、造り付けの掲示パネルも有るようです。私の観察力も相当衰えて来ました。年のせいにしておきましょう。

ということは、この他に川に沿って、写された写真は、左側が川の位置は右に大きな樹木が茂り(公園)、手前は川に沿ってビルが並んでいます。。
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雪景色もあります。ソフトクリームの柱が4本も、柱の間のフェンスの数もプラス1枚です。上と同じく左側が川です。(挿入9/9)よく見るとソフトクリームの柱頭が5本もあります。お手上げ状態ですね。間の美いフェンスが4枚もあるです。これは片側です。向こう側は何本柱?)
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これは右側が川です。(サンクトペテルブルグは運河が多いので運河かも)
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右側が川の場合は、前に車道が有り、半円状に白い横断歩道が在る。左奥に公園の樹が見えている
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さらにさらに私のお気に入りの1枚は、自転車に乗った人が横断歩道を渡っています。
この方角の中心寄りに、入り口らしき開口部が有って、掲示パネルも設置してあり、ますます分からなくなって来ました。入り口は「何箇所有るのでしょうか?」
 ババの油絵に必ず登場するのが、自転車に乗った人です。私にとって、何かしら郷愁をそそるものなのです。故郷姫路の白鷺城の前の広場で、小学4年生の時、28インチの自転車のペダルの横の三角に片足を入れて練習した思い出は今も懐かしいものです。
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素晴らしい景色ですね、水の都ベニスを想わせます。でも手前の石垣の力強さは、この風景がベニスとは又違った、水の都Sペテルブルグが石造りの街であることです。同じ干拓地でも、(ベニスは木の杭の上に建造物を置いている)石造りの頑強さを象徴しています。
 石の美しさが描けたら描きたいものですが、現在は残念ながら力不足です。
 かつてエカテリーナⅡ世はS.ペテルブルグの都市を建設中に、外国船から上陸するには
石を1個持参するように言ったとか。その結果、フィンランドの船からもスエーデンの船からも一人1個の石材が運ばれて、現在の素晴らしい石造りの街が誕生したのです。個々の建物同志が隙間なく支えあって崩れることが無いと言うことです。エカテリーナⅡ世は壮大な夢を現実のものとしたのです
 これは少し離れた位置から川向こうに大聖堂を捉えて、川沿いの石積みを強調しています。何とも素晴らしいアングルですね。船上から写されたのだと思います。撮影者には会心の一作でしょう。(乞無断掲載御容赦)
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3012/4/12上の写真の橋上の街灯に注目です
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こんなに沢山の素晴らしい写真たちに出逢えて、安心して眠れそうです。

 でも今日は台風襲来で、朝から雨風が吹き、奈良県も被害に遭われた方々に、お見舞いとこれ以上の台風の被害が広がらぬようにお祈りします。
# by rivierekaiga | 2011-09-03 22:09

孫たちの絵

そろそろ美術展の季節が近づいてきました。
KHくん6才 ぱぱと池へカメ取りに行ったとか、でも雨が降ってきて...
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「ペンギン ペンギン」と言っています
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KRくん4才 「ナンバー、ナンバー」と言いながらかいてました
保育園で数字を習っているのでしょう
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おじいさんが赤ちゃん相手にお喋りしているように見えます
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パソコンの「歯を磨こう」という子供のページの「ぬりえ」を睨みつけるように見ながら3段の絵をそっくりに描きました。縦の間隔が少し伸びていますが、驚きました
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# by rivierekaiga | 2011-08-18 00:51

スターバックス訪問記:西大寺店(許可無くパチリ乞御容赦)

2010年6月から週に1度通っている奈良県・近鉄西大寺駅前のお店です。
 何時も何故か「ソイカプチーノ」のtallと決まっています。
私はこのお店の豆乳の泡立て加減がお気に入りで、他所では味わえないからでしょう。東京品川のS・バックスもハワイ・ワイキキホテルのテナントでも飲みましたが、今一つでした。
 でも最高のソイ・カプチーノはハワイのマウイ島(マリオット・リゾートホテル内)のS・バックスのソイカプチーノです。オーダーはMサイズの筈が、分量も「グランデ」でグランデな「泡を食いました」きっと牛乳の品質が素晴らしかったのだと思います。

西大寺のスターバックスのお店の様子:
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先週も今日もこの写真の前に座って、「ライムとミントとグリーンティーのフラッペ、どんな味か飲んでみたいな」と思いながら、今日も「豆乳カプチーノ」のtallです。

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下の3枚は次週に撮って挿入しました
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 今日もフラメンコダンスのレッスン後に立ち寄って、何時ものホットなsoiカプチーノで一息ついてから、何時もの成城石井(近鉄西大寺駅前構内)で、孫の家へのお土産に、ピザ用にナン(5枚入り)とモッツァレラ100%のシュレッドチーズ(300g)、成城石井特製のソーセージ(700g)とBonbons au miel(フランス)の5色キャンディ一瓶(125g)と家用に、よつ葉の発酵バター(450g)を買いました。近鉄西大寺店で蓬莱の冷麺を孫にと思いましたが、午後1時を過ぎていてためか売り切れで、代わりにカウンターの上に、出来立を目の前で高く積まれた、甘酢あんの肉団子(豚100%)に圧倒されて、少し歩いてから引き返して3箱(10ケ入×3)を買いました。
 又1年間素通りしていたS・バックスのお隣りのレストラン前の机に並べられた窯焼きパンを立ち止まってよく見ると、変わったパンが有ります。パルミジャーノ・レッジャーノ(チーズ)を練りこんだパンにシチリアの胡麻パン(大きなメロンパン大の渦巻きパンがS字状に2ヶ引っ付いている)など、目を見張るネーミングに釘付け状態。でもレッスン後にと思ったら、帰りには売り切れていたので、先週は行きがけにシチリアの胡麻パン(2ヶ)をgetしました。そして今日は細長いパンに練乳入りバタークリームを挟んだもの2、レモン入りふかふかパン3、アーモンド入のマドレーヌパン2に、行きがけにシチリアの~を2ヶと良くこれだけ買いました。でも大きめの袋を用意したので、先週よりはコンパクトな手荷物になりました。
 シチリアのパンとは少しグレーがかった透き通るような色で、そのモチモチ度は食べて、見ないと実感できません。パン屋さんの表のガラス張りのウインドに無造作に山積みされているのです。(缶の中に掘り込むように)形は長さ20cm程で両端が細くとんがった平たいコッペパン状です。2007年に13日間7人の個人旅行で毎日歩け歩けの旅をしました。
 先週はエスカレーターに乗るとき足元がふらつきました。
 6時前にバスケット塾へ「じじ」が送ることになっている孫に食べさせるはずの「冷麺」が売り切れだったので、帰りの電車を降りてから、駅内のパン屋さん(リトルマーメイド)でピザパンを2ヶを買い足しました。先々週迄は「たこ焼き」のお土産を楽しみに待っていたけれど、こう暑くなっては、他のものに替えなくては、暑い季節に「冷めたたこ焼き」ではもうひとつです。
 この間テレビで、ピザの台にナンを使うと美味しいと言っていたのを思い出して、材料を買ったので、早速試して見ました。孫と2枚のナンの上にケチャップ(ピザソース無)を塗って、ソーセージ1本を薄切りしてチーズを乗せて、300度のオーブントースターで、火加減が分からないので、5分×3回目にやっと出来上がりました。でもピザソースを買うか、作るべきでした、生トマトを並べても良かったと、反省点多々有りです。底までこんがりしていたので10分で良かったのかも知れません。このオーヴントースターは息子が学生時代にお菓子焼き用に買った、イタリア製(デロンギ)の物で、もう20年は経つのではないかしら、物持ちの良い子です。
 という私が40年も使い続けたオーヴンはナショナルの電子オーヴン「こんがりさん」です。それまでに無かった、イースト菌の発酵や満遍なく熱が伝わる電子制御機能など、タイムスイッチ付きで、画期的な製品でした。シュークリームは余熱なしで19分で焼けたものです。3年前にやっと現代のものに買い換えました。ナショナルのビストロです。買って1年目ぐらいの時に、重要部分に問題ありとかで、部品交換をすると聞きましたので、これを聞いた息子は他社の製品を購入しました。家では3年目に突然動かなくなり、部品交換してもらいました。
 かれは4才の次男のバースデーケーキを手作りしました。冷製のチーズケーキの上に沢山のイチゴ(私がコーラスの石田さんから戴いた露地物)を載せたので、少し複雑な大人の味がしたそうですが、次男は大喜びだったとか...
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 家ではエスプレッソマシーン:マジック・カプチーノ(サエコ)でエスプレッソをお湯割りして飲みます(砂糖無し)が、夏場は小ぶりのブランデーカップに氷を4~5ヶ入れて、上から砂糖(illyを1袋)入りの熱いエスプレッソを注ぎます。、ブランデーカップを鼻の近くで揺らしながら、香りとコクを楽しみます。来客にはクレマトップを1ヶ付けてお出しします。
 カップについてはいろいろ試して「小ぶりのブランデーグラス」に落ち着きました。普通サイズのカットグラス(ブランデー用)では開口部が広くて、香りが拡散してしまいます。不思議なものです。 また浅い紅茶カップにエスプレッソ(砂糖無し)を注ぎ、氷を3個入れて、その上にアイスクリームを山盛りに乗せると、ほろ苦くてクリーミィ、ひととき暑さを忘れます。 珈琲豆は生豆をネット購入して、jijiが全自動の焙煎器(韓国製で小型)で炒って、2種類を合わせます。以前はかなり長期間、パリのオペラ座のカフェで使われているという LavazzaのGold selection(片岡物産)の炒り豆でしたが、珈琲に愛着が増すに連れて、自家焙煎の道に入りました。コーヒミルはミラノの老舗パヴォーニ社のものです。挽き具合の調節は昔のままで、メモリを変えるには、グルグルグルと最初に戻し粗さを見ながら好みのメモリを探るという、手間が掛かるものです。
# by rivierekaiga | 2011-07-23 03:04

2000年に立ち上げた私の大切なHP 「魅せられたる魂」R・ロマンと「ヘッセ詩集」H・ヘッセ

ZEROで立ち上げた初期のHPはファクス用紙の端に帯のように書き込んだ、何処までも続く、エンドレスなHPだった。上部に写真を1枚だけ貼れた。最初に貼ったのはこの写真1枚です。パタゴニアライブBBSより
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2001/3/08 パタゴニアのウシュアイアの北で、ブルックトラウト(53cm)
(KiSEN) 激ウマです。釣り士の瀬戸口さんの本職は料理人で、鱒は捨てるところが無いほど全部いただきました。 2001/03/10 05:25:25
(KiSEN) 僕も3枚におろして、内臓をフライにしたり 手伝いました。このあたりの鱒は、寄生虫はまったくついていないので、生で食べることができます。
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静かな風景と思いきや、風速30メートル。向こうの木は横になびいている、自転車走る?「走らなーい、倒れる」

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<Cyber extreme biking>という自転車旅行のブログ製作者は私の長男です。
以前は<kisen.com>で通っていましたが、ブログの休眠中に業者に買われてしまったとか。現在は<bike.katsukawa.jp>で復活したようで、安心しました。
現在は3人の男の子の父親になってますが、一年生の長男に自転車の乗り方えを教えているのは73才のbabaです。補助ペダル付きに乗っていたのに、baba宅の裏門の向かいにある児童公園で弟と遊んでいる時のこと、自転車乗りに飽きて自転車を倒したまま、弟が遊んでいた木製のジャングルジムに遊び変えて、自転車のことを忘れて遊んで居る内に、弟がお兄ちゃんの自転車を、誰の手も借りずに、乗り回していたのです。そんな訳で、その場でjijiが弟に譲ることを提案して、孫とパパとjijiが自転車を買いに走りました。お兄ちゃんは自転車と同じカラーの赤いヘルメットっがお気に入りだったのに、何でもお兄ちゃんと同じものが欲しい弟は赤いヘルメットを離しません。お兄ちゃんは新しい自転車がブルーだったので、ヘルメットもブルーになってしまって、がっかりしていました。でも思い切りよく弟に譲りました。
少しだけ大きいサイズを買ってもらった兄は、中々独りでは漕げないので、乗る気がない。babaの家に、ピアノのお稽古に来たので、これ幸いと乗る練習をした。
 babaが自転車のハンドルをを支えていたのでは、自転車に身体が反応しない。体操クラブの自転車漕ぎをしているようで、これでは何時まで経っても駄目だろう。babaは、ハタと思い付いた。自転車が発明された当時の自転車には、ペダルが無かった。「これだ!!!」
babaはKくんに言った「両足で地面を歩くように蹴ってみて」Kくんはやってくれた。身体が反応している。素直な子なので、上達も早い。パパが迎えに来たので、この事を伝えると、驚いて、「そんなこと思いも付かへんわ」と言っていた。後2~3回すると何とかなるだろう。babaの役目も大変だ。パパは5歳前に、私たち両親と3才上の姉とで、明日香村のサイクリングに、補助ペダル付きで「山の辺の道」を往復したのだった。我が子には自転車の乗り方も教えられないとは、困ったことだ、でも「山登り」には良く連れて行くようだ。

秋にはすすきが美しい曽爾高原
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2011年10月ばばが村展に出した絵です
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下の2枚の写真は
緑の曽爾高原があまりにも美しい景色で、上の写真と同じ場所の季節違いだったので、
 下記の「マネージャーの休日と余暇(ブログ版)」からお借りしました。乞御容赦。
奈良県各地の神社などの催事やお供え物、古いしきたりで、今も残る「講」など
詳しく写真で紹介してあり大変勉強になります。
 http://blog.goo.ne.jp/mnjr05gob/c/48304d82614352ea58dc81ae01c2cacc

 緑が美しい曽爾高原
夏のそよ風が吹き渡る曽爾高原
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お亀山から
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 上2枚の写真は緑の曽爾高原はあまりにも美しい景色だったので
下記の「マネージャーの休日と余暇(ブログ版)」からお借りしました。乞御容赦。
奈良県各地の神社などの催事やお供物など
詳しく写真で紹介してあり、大変勉強になります
http://blog.goo.ne.jp/mnjr05gob/c/48304d82614352ea58dc81ae01c2cacc

 昨年のお正月にjijiとbabaとKくんとパパとで二上山の雌岳から雄岳へと完歩しました。
焼き芋を持って行き、雌岳からの見晴らしを楽しみながら食べた焼き芋はとても美味しいものでした。
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 馬の背を越えて、大津皇子を祀る神社にお参りするには、神社の手前に関所があって、関所と言っても学生アルバイト風の青年が、小さな机の前に座り、領収書を手書きして、一人当て200円の集金をしています。息子がネット検索すると、雄岳は降りた麓のお宮さんの私有地なので、山の清掃費などに使われているとか、通行費を払って、やっと通してもらいました。
 童謡の「通りゃんせ帰りゃんせ」の「二上山」版です。「そっと通して下さしゃんせ、この子(孫)の七つのお祝いに、お札を納に参ります.....」

三名は先にさっさと歩いているので、私は自作のメロディをかなり大声で朗唱した。
  
 万葉集巻第二・一六五 大伯皇女
   「うつそみの 人にある我や 明日よりは 二上山を 弟背(いろせ)と 我れ見む」

 きょうも仰ぎ見る二上山、日頃の行動範囲では、西を見れば二上山が在る。
昨年感動したことは大阪へ出て、阿倍野線での帰りに、特急の座席から左前方に「二上山の勇姿が在る」ではありませんか!! 明日香に嫁いで47年にもなるのに、驚きましたね。
 いつも夕焼け雲の下に輝いて見える二上山ですが、明日香側からの眺望とは雄岳と雌岳の位置が反対です。かなりの時間見えていて、国分の山に近づくと、右側に移り、トンネルに近づくと見えなくなり、電車は二上山の下のトンネルを抜けているんです。今これを書いていて気づきました。書くということはいいですね。日頃思いもしなかったことを教えてくれます。
 お正月に孫と登った雄岳の下りは、急坂に足をとられないように必死でした。5才の「Kくん」も中々の頑張り屋さんです。お昼は焼き芋だったので、お腹がすきました。下山したのは3時頃でしたか、當麻の道の駅(駐車場)でソフトアイスや銀座製の大きな丸いおかきを食べて一息入れてから、いざお蕎麦屋さんを目指しました。

 週1で西大寺へ出かけますが、何時も見ている二上山のプロフィールは近鉄田原本駅を過ぎると、雌岳と雄岳を繋ぐ「馬の背」が見えなくなり、三角おにぎり2個を、少しだけ重ねた姿へと一変します。「馬の背」は渡り廊下の役を務めて、その上優雅な姿を作り出しているのです。
「繋げると」言う重要な役目も果たしています、
 「子はかすがい」この「鎹」と言う字は「金偏に送る」です。含蓄のある字の造りですね。夫婦の間を取り持つ「子は鎹」に助けられながら、ここまで夫婦を続けて来られました。夫婦を取り持つのはお金と言ってるのではありませんよ。「鎹」になってくれた「子供」のおかげです。お互いの両者間同志にも微妙に「金を送る」が絡みあっています。
 元々の字の造りは材木と材木を繋ぐコの字型の「くさび」です。大昔は木製で、金属を使うようになってから生まれた「鎹」という字でしょうか?「くさび」はおかしいかな?
  
 今夜は「二上山」からいろんな思いが浮かんできました。
 ちなみにワードを使って「かすがい」で変換しても「かすがい」の漢字は出て来ません。
 「子はかすがい」と入れて変換しなければ「鎹」は出ないのです。
 うっかり「くさび」と書いているが、「かすがい」と「くさび」楔は同じだろうか?
 検索結果は「かすがい」と「くさび」はイコールでは無かった。
 「くさび」は材木に打ち込んで割る時に使うもので、正反対のものでした。
# by rivierekaiga | 2011-06-29 02:20