2012・4・5 追記から移す
S.ペテルブルグの地図を改めて見て、河川の状態がかなり理解できたようだ。 S,ペテルブルグの街には南下方から、3本の河川が流れ込んでいる。ネヴァ側よりに、モイカ河、その下をホンタンカ川、この2本の川はそれぞれ蛇行しながら北上して、血の上の救世主教会の北前方でT字型に合流して、さらに北東へ流れて、この街の北上方(夏の宮殿横)から東南へ流れ込んでいる一番太い川(?)に支流の様に流れ着いている様子が見える。 この川は合流してから更に大きく弧を描いて南下してからは、蛇行も無く南西へ下り、河口近くで、西へ楕円の弧を描く当たりで、ホンタンカ川と合流して、更に太くなって、バルト海(フィンランド湾)に注いでいる。 モイカ河は一番ネヴァ川沿いに近い所の、河口から北上してユスポス宮殿→ストロガノフ宮殿と蛇行を繰り返してプーシキンの家の前を東へ大きくカーブして、血の上の救世主教会の北前方で、河口から同じように蛇行を繰り返しながら、カザン聖堂の横を北上してきた、少し川幅が細めのホンタンカ川と出会っている。 S.ペテルブルグの街をネヴァ川寄りに楕円形のお鍋の底の様に、流れているこの太い川の名前がまだ分かっていない。(以上追記部分) 下の地図は未だ見ていなかったので、S.ペテルブルグの河川の全体像がつかめていなかったという、極めて稚拙な段階に居る自分です。 その為に、回りくどい言葉で推測の域を出ない事を、述べています。 昨夜午前2時に就寝し今朝11時過ぎから、またもこのページを開き、ここへ載せられる地図を見付けました。 今までにも地図を見てはいたのですが、 ①「橋の欄干」の画像探索、②建物の所在地ばかりに注意力が向いて、特に「血の上の救世主教会」の所在地と周囲の景観を探索するのが精一杯の状態でした。そして③「河川」の全体像を探るところまで進んできたところです。 下の写真では、左のバルト海から小ネヴァ川(上)、大ネヴァ川(下)が流れこみ、ロストラ灯台柱(上の写真の青風船15番)の前で、両ネヴァ川が合流して川幅が広がり、、この広く太くなったネヴァ川の右岸にはエルミタージュ美術館があり、そこからロストラへ渡る、開閉する宮殿橋があります。他にも開閉橋は数本在るようです。ここで太くなったネヴァ川は更に北上して、北西上方から流れ込んだネヴァ川の源流(?)と合流して、大きく弧を描いて南下して、ロシアの大地を広範囲に流れて海に注いでいます。 その中で、サンクトペテルブルグの街を流れる3番目の太い川は、蛇行しながら流れるモイカ河とホンタンカ川と名の付く「2匹の蛇」を泳がせる水盤の底のようにも見えます、それはサンクトペテルブルグを楕円形に切り取っている様に見えます。 下の写真はサンクトペテルブルグの領域を青い点線で示したいます 2012/4/12市街地図見付けました 以上の私の稚拙な考察は、今後も変化し続けると思いますが、減少しつつある脳細胞が少しでも活性化できることを願いながら、脳トレーニングになることを願っています。(お笑いください) 今下の写真を見付けました。 何故か?私の口から発した言葉は「ウッ、シッ、シッ」で~す。 手前にモイカ川の欄干と、正面に血の上の救世主教会の横を流れるホンタンカ川が、橋の下から見えます。「あ~」と溜息が出て、嬉しくなりました。 今夜はコーラスの練習日です。パソコンの前を離れて、散歩にでも出ましょう。 きのうはもうすぐ小学2年生になる孫と、石舞台の後ろの坂田山にある葛神社(龍神さん)に参拝しまして、素晴らしい2枚の絵馬(龍と南無天踊り)を孫と共に鑑賞して来ました。 一昨年のお正月に、石舞台の東に隣接する祝戸(いわいど)大字が祝戸在住の 女流画家M.k様に描いてもらい、祝戸・坂田の両大字のお宮さんとして、共に管理する葛神社に奉納したものです。ジジとババも一昨年の初めに参拝して、この絵馬を2011年1月に明日香村伝承芸能保存会の「南無天踊りと万葉朗唱」の活動と予定を報告するブログに載せましたが、2年も前のことなので、このブログに紹介したのを機にまた再紹介しました。 大峰・金剛・二上山と登山した孫が「お婆ちゃん、ここの坂は、こんなんや」と前に出した手のひらを、精一杯直角に立てて、急坂を登ってきたことに、驚いていました。振り返ると、登ってきた下の道が、間近に遥か下に白く見えています。 神社の境内 に入り、拝殿前に進んで、孫に「二礼・二拍手・一礼」するのよと言って、、大きな声で、3人の孫たちの健康と家族の健康をお祈りしました。孫は私を見上げていましたが、 私に続いて祈っていました。 帰りは私と手を繋いで、くれました。孫に手をひかれるのは、何とも嬉しいものです。 先程石舞台公園を横切る時に約束した、公園内の夢茶屋で、孫は「赤米カレーとサラダ」を平らげて、因みにババは「煮麺・そうめんと柿の葉すし二個」でした。お留守番のジジと孫の家には、唐辛子の効いたコンニャクとあすかルビーをお土産にしました。 (孫が小学生初めての春休み:良い想い出になればと願いながら) M.K様制作の絵馬 (写真の上をクリックすると拡大されます) 素晴らしい作品です。昨日は右側の床上(坂田)の鴨居に、坂田在住のお方が「白馬と黒馬の絵馬」を奉納されていました。白馬と・黒馬が勢い良く跳ねる様子が、瑞々しく描かれています。この新しい絵馬は2012年2月にもジジと拝観しました。 両大字からの絵馬の奉納に、龍神さんも喜んで居られることでしょう。 #
by rivierekaiga
| 2012-04-05 09:55
Google Earth に提供されている画像ばかりです。
さすがに腕利きのカメラマンの作品です。ため息をつきながら鑑賞しています。 血の上の救世主教会:正式名はハリスト復活大聖堂の横を流れて、この聖堂の前方で、3河川がT字形に交差している川の、縦の「I」字の部分がフォンタンカ川です。 遠目にはシンプルな縦縞模様の欄干に見えます。でも欄干を構成している1個のモチーフの造形美は、エジプトに源流を発する美しさ、何とも芸術的ですね。これを一個いただいて、我が家に置けたらS.ペテルブルグは私のもの、なんて夢の街の夢想を楽しんでいます。 上と下の写真は並べてみると、偶然にも同じ場所でした。 上の素晴らしい景色と下の油絵に描かれた景色の素晴らしさは最高です。 優れた技の威力です。どんなに素敵な女性(?)画家かな、お会いしたいものですね。 ここまで描き込むには何日もかかっていると思われます。それにしても、この雪景色は見ているだけでも、凍りそうです。「ホッカイロ」はS.ペテルブルグにも有るのでしょうか?足先にも腰にもコートのポケットにも、2~3個は使いたいものです。でもロシアの冬は凍りつくのが定番だとか、温かい毛皮の帽子とコートとブーツで防寒対策は万全なのでしょうか? フォンタンカ川のクルーズ船がネヴァ川から夏の宮殿横に入った所 ホンタンカ川はカザン聖堂(右の大きなドーム)の横を北上(この写真では右下方向)しています。この写真の下方に、上の絵画にに描かれた血の上の救世主教会(ハリスト)復活大聖堂があります 聖堂の北前方に3河川が交差した場所です。幅広な橋と装飾的な橋が架かっています。 この人の顔の欄干は2011年の私の絵に描きましたが、所在地は分からないままでした。 下の写真の人の顔の欄干の橋の向こう側にシンプルな橋が見えていますが、私はこの橋を右から左へ観光バスで渡って、聖堂前でバスを降り、記念撮影をして、右側の河淵の玄関口の前へ近寄りましたが、シンプルな鉄製のフェンスが閉まっていたと思います。12,3分の短時間で、バスに帰り、今度はコテージのようなプレハブの簡易トイレとバス停の前(後ろは美しいフェンス)を横切る時に車窓から父親と美しい娘の姿をカメラに収めた.カメラを向けて、父親に目で尋ねると、笑ってOKしてくれたのだ。 モイカ川の欄干のスタート地点(3河川の交差地点の「T」字形の横一の箇所) 橋上の敷石の美しさがクローズアップして迫ってきます。S.ペテルブルグの方々で見られます。宮殿前ではこの敷石の上を馬車が走っていました。 3河川が交差した箇所の縦一の部分はフォンタンカ川で、横一の部分の向かって左側がモイカ川と分かりましたが、はて、右側は「何川?」でしょうか、勉強不足です。 2012.4.17追記 見付けました、橋の下 日本にもありますネ #
by rivierekaiga
| 2012-03-21 23:18
何と驚きの発見です。
サンクトペテルブルグの血の上の救世主教会の前方には3つの川(運河)がT字形に交差しており、複雑な橋の上が広場になっていてす。そのT字形の向かって左側(北上の地図上)がモイカ川で、ネヴァ川に並行して流れており、何km有るのでしょうか?地図上で見たところは、かなりの距離です。 私が驚いているのは、その何十キロもあるモイカ川沿いの欄干が同じデザインで統一されているのです。昨年ネット上で「いつかモイカ河の橋の上で」中野吉宏著(定価3000円+税)を見つけました。購入者が価格(最低価格でも半額以上)を付けるという初めての経験をしました。昨年秋の絵を仕上げるまでは読む暇が無かったのですが、年末に1日がかりで読み上げて、勿論定価を払い込みました。それほど素晴らしい本だったのです。 その本の中の「モイカ河の橋の上で」という写真p.70&p.84があり、その愛らしい幾何学 的な形に魅せられて、私の油絵の上段中心にその愛らしい橋の欄干を描きました。2011年秋の展覧会出品も終わり、戻って来ましたが、未だ未完成の絵に加筆しています。 3日前からサンクトペテルブルグをGoogle Eearth で検索しながら、提供されている様々な写真に歓声を上げていますが、ふと見つけたモイカ川沿いの欄干に 延々とあの幾何学模様が続いています。たまたまこの本の写真は川沿いの欄干と同じですが、この驚きと感動はしばらく収まりそうにありません。スエーデンとの戦争に戦勝したエカテリーナ2世が(フィンランド湾から上陸するスエーデン人に、石材1個を持参するように言ったとか)造り上げた都です。 地下に埋没した1300年前の遺跡の上に暮らしている明日香人には想像も出来ない造形美です。飛鳥川に橋はありますが、何処にでもある実用的なデザインで、川沿いの欄干も殆どありません。 日本の国旗です かなり河口ですね、カモメ飛んでいます この写真は私の永遠のお気に入りです。私の年を考えても、再訪出来るとは思えませんが、サンクトペテルブルグ特製の、この脚付きの写生箱(サンクトペテルブルグで写生している人は皆さんがこれを使っています)で、この場所に立って、この女性のようにモイカの欄干を描きたいものです. 以上7枚の写真はGoogle Earth からお借りしました #
by rivierekaiga
| 2012-03-19 17:06
2009年6月にサンクトペテルブルグを訪ねた時に、私は右側に運河があるこの方向からバスを降りて記念撮影したものです。左側にミハイロフスキー公園(公園は間違い、ミハイロフスキー宮殿の庭園2013.01.31訂正)
の樹木とソフトクリームのような柱があります 撮影場所は上と同じで、右側に運河があります 以下3枚はGoogle Earthからお借りしたの写真です 血の上の救世主教会(サンクトペテルブルグ)とミハイロフスキー公園との境界にある、美しい金型細工の塀。ソフトクリームのような柱が何と15本も中央の門の向こうにも続いているようです 向こう側から写したもの この幻想的な美しさには言葉もありません。白雪姫の世界です 上の雪景色の左横の曲がった所で私が写しています。左横にバスのりばの標識があり、そのむこうに緑の小さな有料トイレが有りました。 バスを待っているのは父娘でしょうか、私がバスの窓越しにカメラを向けると、お父さんはニッコリと笑ってくれました。自慢の美少女は中学生でしょうか、あれから3年も経ちました。今ではますます美しい女性に成長していることでしょう。 手前のフェンス越しに私のお気に入りのフェンスの柱が透けて2重に見えています。 今のところ位置関係が理解できていません 以下はGoole Earthさんからの写真です上と下は同じ場所で撮影しているようです 美しい門塀を抜けるとミハイロフスキー公園でしょうか ミハイロフスキーの地図 教会の位置関係が少し分かって来ました #
by rivierekaiga
| 2012-03-15 14:28
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