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ババの油絵は旅の思い出の写真の数枚を一枚の絵の中に散らすこと

ばばが展覧会用に描く油絵は旅行中に撮った数枚の写真を絵の中に散らして、空や海や風景で繋げる方法が、目下定まりつつ進行形です。この方法で絵を描くには自分で撮影した数枚を元にしますが、それを撮影した場所の位置関係など知りたくて、ネットサーフィンしています。Google Earthで場所を検索すると、自他推薦の優秀なカメラマンが撮影した様々な写真に出会えます。本当に嬉しいことです。
 今回はサンクトペテルブルグの思い出の写真を並べて、運河や美しい橋の欄干を描いています。北欧旅行してから、早3年経ちましたが、車窓から見たプラットホームに佇む人々や風景、徐行するバスの窓から見た美しい建物などが今も走馬灯の様に目の前をよぎります。
 その中に「血の上の大聖堂」の建物の横にある、ソフトクリームのような3本の美しい柱の間を繋ぐ、美しい金細工の衝立のような細工物があります。材料は何で出来ているのか?茶色の美しい色と細工物の花からみると、銅板細工なのか?、鉄の鍛冶技術で造られた手仕事なのか(この方法に確信があるのですが)?、鋳鉄製の鋳物なのか?私には判断できません。家のkさんがカメラを上向きに構えています。もう一枚は徐行するバスの中から、その美しい塀の前に佇む12、3才の美しい少女とお父さんのスナップです。私が少女にカメラを向けて、お父さんをみると、OKの合図をくれました。友好的で嬉しくなりました。その美しい少女はきっとそのお父さんの自慢の娘なのでしょう。特設の有料トイレの横でした。いずれも同じ柱と細工物のです。
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 私はその美しい柱の位置関係を知りたくて、大聖堂の全貌を撮った数枚の写真を見つけましたが、どうも聖堂の横に前後3本ずつ在るようにも見えます。
 一昨日の夜、凄い写真に出遭いました。
「100年前のロシアのカラー写真」です。ありました「美しい教会」というカラー写真です。
いや驚きました。大聖堂の一部とあのソフトクリームの3本柱です。驚きと溜息の連続です。
 3本柱と思っていたら、柱の間の美しいフェンスが3面もあるので、片側4本です。
そのフェンスの「金(かな)細工」の精巧さと複雑さは、私が撮った写真と比べるには余りにも違いすぎます。それは1枚物では無くて、2枚折の屏風の様に、たおやかな唐草文様が2面続いているのです。これは鉄製のように黒く、複雑かつ精巧な美しさです。鉄製ならば長い年月の間に、雨風にさらされて、原型を失うことも在り得ます。その結果現在のようにシンプルな形に作りなおされたのでしょうか。復元修復されたのなら、100年前の原型に復元されたと思われますが。唐草文様が1面のシンプルな物に成っています。或いは鋳物でできているのか?ともかく判断するには私には荷が重すぎます。他にもこの美しく黒い100年前の細工物があるように見える写真も見たような気もするので、両方が存在するのか、その有無をこの目で確かめたいものです。 「S.ペテルブルグへ再訪出来る日が来るように健康に留意して頑張るぞ!!」

美しい教会/100年前のロシア(1910年)
: 100年前のロシアを記録した ...
matome.naver.jp/odai/.../2128261239577492303 -
 無断掲載させて頂きました。
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 それにしても4本柱の前に立っている、電柱らしき電線を渡している柱の稚拙な造りに、微笑まずには居られません。100年前といえば、エジソンによって電球が発明されたのは何時だったのか、興味をそそられる電柱です。

今またgoogle Earth で素晴らしい素晴らしい写真を見つけました。
Roman Sobolenko さんの写真です
Church of the Resurrection. View from Mikhaylovsky Park.
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なんだかだんだん見えてきました。ミハイロフスキー公園からの眺めは、この大聖堂には正門があるのですね。こんなに美しい優美な<門塀>は初めて見るものです。左右の門柱の向こうに重なって、ソフトクリーム状の柱頭が見えています。そして門柱の左右に、あの美しい
私の心を捉えて離さない、100年前と同じ金細工のフェンスが僅かですが見えます。Google Earthさんありがとう。
 (以下昨夜の続きです)(2011.9.4)
 この写真の現在の「金細工のフェンス」を今朝よく見ると、やはりシンプルな一枚物のようです。最近修復されたようですが、今世紀の技術を以てしても、100年前の鍛冶技術は不可能なのでしょうか。この複雑な美術工芸品を手造り出来る技術者がいないのでしょうか?
 この「たおやかな幾重にも重なった貴婦人のローブ」を想わせるフェンスは、現在のシンプルなフェンスを縦にして2枚を2つ折りの屏風の様に、真ん中を膨らませて、柱と柱の間に設置してあるのです。唐草文様も複雑で混み合っています。
 「ああー」この原型を今私の手で描くのは不可能です。只々鑑賞して心の糧にします。今回「100年前のロシアのカラー写真」に出逢えた幸せを感謝します。
 (2011.9.5午前1;15)
今またじっくり見てみると、公園側から見える門は正門ではなくて、裏門になるのかも、何故ならば、門から見た大聖堂は左右対称の美しく整った姿の全貌です。川側の建物の大きな金色のドームが写っていません。このドームの一階が玄関口(?)で、川に沿って立つ建物の両側(前後)に玄関口(或いは通用口)があるのです。私達は車道がある向かって右側に玄関がある方に、バスを止め、降りて道を渡り、問題のフェンスの前で写真を撮った後、少し歩いて前に進み、美しい玄関も写しています。時間の関係で、大聖堂の中へは入れませんでした。
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 サンクトペテルブルグが世界に誇る<血の上の大聖堂>は「3つの美しい顔」を持ち、三方から訪れる人々を迎え入れているですね。大聖堂の内部も写真でしか見られませんが、やはり、その美しさは比類ない物のようです。かつて(2004年)に14日間シチリアを旅して、聖堂の内部の美しさ(モンモアーレの聖堂)に感嘆しましたが、外観がこんなにも素晴らしい大聖堂はロシアの宝物です。実際の所、この大聖堂に正面は有るのでしょうか?
 今一度、よく見ると、やはり公園側の門が正門らしく思えます。門前にチケット売り場の小屋があり、造り付けの掲示パネルも有るようです。私の観察力も相当衰えて来ました。年のせいにしておきましょう。

ということは、この他に川に沿って、写された写真は、左側が川の位置は右に大きな樹木が茂り(公園)、手前は川に沿ってビルが並んでいます。。
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雪景色もあります。ソフトクリームの柱が4本も、柱の間のフェンスの数もプラス1枚です。上と同じく左側が川です。(挿入9/9)よく見るとソフトクリームの柱頭が5本もあります。お手上げ状態ですね。間の美いフェンスが4枚もあるです。これは片側です。向こう側は何本柱?)
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これは右側が川です。(サンクトペテルブルグは運河が多いので運河かも)
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右側が川の場合は、前に車道が有り、半円状に白い横断歩道が在る。左奥に公園の樹が見えている
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さらにさらに私のお気に入りの1枚は、自転車に乗った人が横断歩道を渡っています。
この方角の中心寄りに、入り口らしき開口部が有って、掲示パネルも設置してあり、ますます分からなくなって来ました。入り口は「何箇所有るのでしょうか?」
 ババの油絵に必ず登場するのが、自転車に乗った人です。私にとって、何かしら郷愁をそそるものなのです。故郷姫路の白鷺城の前の広場で、小学4年生の時、28インチの自転車のペダルの横の三角に片足を入れて練習した思い出は今も懐かしいものです。
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素晴らしい景色ですね、水の都ベニスを想わせます。でも手前の石垣の力強さは、この風景がベニスとは又違った、水の都Sペテルブルグが石造りの街であることです。同じ干拓地でも、(ベニスは木の杭の上に建造物を置いている)石造りの頑強さを象徴しています。
 石の美しさが描けたら描きたいものですが、現在は残念ながら力不足です。
 かつてエカテリーナⅡ世はS.ペテルブルグの都市を建設中に、外国船から上陸するには
石を1個持参するように言ったとか。その結果、フィンランドの船からもスエーデンの船からも一人1個の石材が運ばれて、現在の素晴らしい石造りの街が誕生したのです。個々の建物同志が隙間なく支えあって崩れることが無いと言うことです。エカテリーナⅡ世は壮大な夢を現実のものとしたのです
 これは少し離れた位置から川向こうに大聖堂を捉えて、川沿いの石積みを強調しています。何とも素晴らしいアングルですね。船上から写されたのだと思います。撮影者には会心の一作でしょう。(乞無断掲載御容赦)
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3012/4/12上の写真の橋上の街灯に注目です
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こんなに沢山の素晴らしい写真たちに出逢えて、安心して眠れそうです。

 でも今日は台風襲来で、朝から雨風が吹き、奈良県も被害に遭われた方々に、お見舞いとこれ以上の台風の被害が広がらぬようにお祈りします。
by rivierekaiga | 2011-09-03 22:09