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2000年に立ち上げた私の大切なHP 「魅せられたる魂」R・ロマンと「ヘッセ詩集」H・ヘッセ

ZEROで立ち上げた初期のHPはファクス用紙の端に帯のように書き込んだ、何処までも続く、エンドレスなHPだった。上部に写真を1枚だけ貼れた。最初に貼ったのはこの写真1枚です。パタゴニアライブBBSより
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2001/3/08 パタゴニアのウシュアイアの北で、ブルックトラウト(53cm)
(KiSEN) 激ウマです。釣り士の瀬戸口さんの本職は料理人で、鱒は捨てるところが無いほど全部いただきました。 2001/03/10 05:25:25
(KiSEN) 僕も3枚におろして、内臓をフライにしたり 手伝いました。このあたりの鱒は、寄生虫はまったくついていないので、生で食べることができます。
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静かな風景と思いきや、風速30メートル。向こうの木は横になびいている、自転車走る?「走らなーい、倒れる」

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<Cyber extreme biking>という自転車旅行のブログ製作者は私の長男です。
以前は<kisen.com>で通っていましたが、ブログの休眠中に業者に買われてしまったとか。現在は<bike.katsukawa.jp>で復活したようで、安心しました。
現在は3人の男の子の父親になってますが、一年生の長男に自転車の乗り方えを教えているのは73才のbabaです。補助ペダル付きに乗っていたのに、baba宅の裏門の向かいにある児童公園で弟と遊んでいる時のこと、自転車乗りに飽きて自転車を倒したまま、弟が遊んでいた木製のジャングルジムに遊び変えて、自転車のことを忘れて遊んで居る内に、弟がお兄ちゃんの自転車を、誰の手も借りずに、乗り回していたのです。そんな訳で、その場でjijiが弟に譲ることを提案して、孫とパパとjijiが自転車を買いに走りました。お兄ちゃんは自転車と同じカラーの赤いヘルメットっがお気に入りだったのに、何でもお兄ちゃんと同じものが欲しい弟は赤いヘルメットを離しません。お兄ちゃんは新しい自転車がブルーだったので、ヘルメットもブルーになってしまって、がっかりしていました。でも思い切りよく弟に譲りました。
少しだけ大きいサイズを買ってもらった兄は、中々独りでは漕げないので、乗る気がない。babaの家に、ピアノのお稽古に来たので、これ幸いと乗る練習をした。
 babaが自転車のハンドルをを支えていたのでは、自転車に身体が反応しない。体操クラブの自転車漕ぎをしているようで、これでは何時まで経っても駄目だろう。babaは、ハタと思い付いた。自転車が発明された当時の自転車には、ペダルが無かった。「これだ!!!」
babaはKくんに言った「両足で地面を歩くように蹴ってみて」Kくんはやってくれた。身体が反応している。素直な子なので、上達も早い。パパが迎えに来たので、この事を伝えると、驚いて、「そんなこと思いも付かへんわ」と言っていた。後2~3回すると何とかなるだろう。babaの役目も大変だ。パパは5歳前に、私たち両親と3才上の姉とで、明日香村のサイクリングに、補助ペダル付きで「山の辺の道」を往復したのだった。我が子には自転車の乗り方も教えられないとは、困ったことだ、でも「山登り」には良く連れて行くようだ。

秋にはすすきが美しい曽爾高原
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2011年10月ばばが村展に出した絵です
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下の2枚の写真は
緑の曽爾高原があまりにも美しい景色で、上の写真と同じ場所の季節違いだったので、
 下記の「マネージャーの休日と余暇(ブログ版)」からお借りしました。乞御容赦。
奈良県各地の神社などの催事やお供え物、古いしきたりで、今も残る「講」など
詳しく写真で紹介してあり大変勉強になります。
 http://blog.goo.ne.jp/mnjr05gob/c/48304d82614352ea58dc81ae01c2cacc

 緑が美しい曽爾高原
夏のそよ風が吹き渡る曽爾高原
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お亀山から
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 上2枚の写真は緑の曽爾高原はあまりにも美しい景色だったので
下記の「マネージャーの休日と余暇(ブログ版)」からお借りしました。乞御容赦。
奈良県各地の神社などの催事やお供物など
詳しく写真で紹介してあり、大変勉強になります
http://blog.goo.ne.jp/mnjr05gob/c/48304d82614352ea58dc81ae01c2cacc

 昨年のお正月にjijiとbabaとKくんとパパとで二上山の雌岳から雄岳へと完歩しました。
焼き芋を持って行き、雌岳からの見晴らしを楽しみながら食べた焼き芋はとても美味しいものでした。
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 馬の背を越えて、大津皇子を祀る神社にお参りするには、神社の手前に関所があって、関所と言っても学生アルバイト風の青年が、小さな机の前に座り、領収書を手書きして、一人当て200円の集金をしています。息子がネット検索すると、雄岳は降りた麓のお宮さんの私有地なので、山の清掃費などに使われているとか、通行費を払って、やっと通してもらいました。
 童謡の「通りゃんせ帰りゃんせ」の「二上山」版です。「そっと通して下さしゃんせ、この子(孫)の七つのお祝いに、お札を納に参ります.....」

三名は先にさっさと歩いているので、私は自作のメロディをかなり大声で朗唱した。
  
 万葉集巻第二・一六五 大伯皇女
   「うつそみの 人にある我や 明日よりは 二上山を 弟背(いろせ)と 我れ見む」

 きょうも仰ぎ見る二上山、日頃の行動範囲では、西を見れば二上山が在る。
昨年感動したことは大阪へ出て、阿倍野線での帰りに、特急の座席から左前方に「二上山の勇姿が在る」ではありませんか!! 明日香に嫁いで47年にもなるのに、驚きましたね。
 いつも夕焼け雲の下に輝いて見える二上山ですが、明日香側からの眺望とは雄岳と雌岳の位置が反対です。かなりの時間見えていて、国分の山に近づくと、右側に移り、トンネルに近づくと見えなくなり、電車は二上山の下のトンネルを抜けているんです。今これを書いていて気づきました。書くということはいいですね。日頃思いもしなかったことを教えてくれます。
 お正月に孫と登った雄岳の下りは、急坂に足をとられないように必死でした。5才の「Kくん」も中々の頑張り屋さんです。お昼は焼き芋だったので、お腹がすきました。下山したのは3時頃でしたか、當麻の道の駅(駐車場)でソフトアイスや銀座製の大きな丸いおかきを食べて一息入れてから、いざお蕎麦屋さんを目指しました。

 週1で西大寺へ出かけますが、何時も見ている二上山のプロフィールは近鉄田原本駅を過ぎると、雌岳と雄岳を繋ぐ「馬の背」が見えなくなり、三角おにぎり2個を、少しだけ重ねた姿へと一変します。「馬の背」は渡り廊下の役を務めて、その上優雅な姿を作り出しているのです。
「繋げると」言う重要な役目も果たしています、
 「子はかすがい」この「鎹」と言う字は「金偏に送る」です。含蓄のある字の造りですね。夫婦の間を取り持つ「子は鎹」に助けられながら、ここまで夫婦を続けて来られました。夫婦を取り持つのはお金と言ってるのではありませんよ。「鎹」になってくれた「子供」のおかげです。お互いの両者間同志にも微妙に「金を送る」が絡みあっています。
 元々の字の造りは材木と材木を繋ぐコの字型の「くさび」です。大昔は木製で、金属を使うようになってから生まれた「鎹」という字でしょうか?「くさび」はおかしいかな?
  
 今夜は「二上山」からいろんな思いが浮かんできました。
 ちなみにワードを使って「かすがい」で変換しても「かすがい」の漢字は出て来ません。
 「子はかすがい」と入れて変換しなければ「鎹」は出ないのです。
 うっかり「くさび」と書いているが、「かすがい」と「くさび」楔は同じだろうか?
 検索結果は「かすがい」と「くさび」はイコールでは無かった。
 「くさび」は材木に打ち込んで割る時に使うもので、正反対のものでした。
by rivierekaiga | 2011-06-29 02:20